コンピューターに
命をかけた男

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パソコンを叩く男
脳卒中で3度倒れた
 病院の喫煙室で始めて見る顔の患者さんに声を掛けました。当方は始めてでしたが1年半前から入っていて、煙草の時だけ二階から車椅子に乗って上がって来ると言うことです。左半身が不自由らしくて、如何されたのですか?と聞くと「脳卒中で22歳の時から3回入院している」と頭の手術跡を見せます。それにしては言葉がはっきりしているし、ものすごく頭の回転が早そうな印象を受けました。

妻とは離婚した
 年齢は 52歳で、少し前に離婚して3人の子供は妻が引き取ったと他人事のようにケロリと言う表情は何ともクールです。一時は左目も見えなくなったし左足も全く動かない状態で、生命も危ぶまれたとのこと。「医者からタバコは一日5本と言われているけど、どうせ分からないからもう一本喫おう」と又火を付けます。

勤め先は某都銀
 銀行での仕事内容を聞くと、コンピューター専門要員。うちのシステムが電力会社の請求を二重に引き落とすと言う日本で最初のトラブルを起こしたんですよと自慢にならない事を教えてくれました。当時は部屋いっぱいに装置が並んでいてその中で3交代の24時間勤務をしていた。22歳で一回目の脳卒中に罹ったと言う事は、仕事を始めてそれほど年月が経たない頃という事になります。同期に10数人入社して、コンピューター専門学院出身の自分を除いて周りは東大卒ばかりだった。30年前に銀行のシステム開発に携われる人材は物凄く貴重だったようです。

二度目は銀行の統合と2000年問題が原因
 身体は少し不自由になったけど、それから26年間はひたすらコンピュターと向き合ってきた。二度目に倒れたのは48歳の時で、吸収した銀行とのシステム統合と、2000年問題を抱えていたので2週間で無理やり退院してしまった。

 それがいけなかったのです・・・退院後は同僚と口をきく事もなくコンピューターと向き合ってきたけど、物忘れがひどくなるし、まともな人付き合いができない状態になって、システム部門からも外されて総務で資料整理をやっている時に3度目が起こった。

定年まであと3年
 たとえ復帰できても鉛筆削りぐらいしか仕事はないでしょう、それに何時死ぬか分からない状態になっているのでねと淡々と言われて返事に困ってしまいました。「ボチボチ回診に来るので」と彼が出ていった後、隣で聞いていた人が「銀行はシステムの全てを知られているので、役に立たなくても首を切るわけにいかんのやろ」と言いました。言った彼自身も建築会社のコンピューター担当で築き上げたフォームがウィンドウズの出現で水泡に帰した犠牲者です。こんな話を聞いても脳天気な当方は何も小賢しいことは言えませんが、入院するまで世の中でこれほど過酷な人生を歩んできた人が実際に居るなんて考えもしなかったのは事実です。このような人にも癒しやヒーリングは有効なんでしょうか?

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