新しい道が出来ます

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二匹の愛犬
開発は全て悪なのでしょうか?
 NHKの「川、いつか海へ」と言う6話のオムニバスドラマを観ていて、最後に倉本總の説教臭い話の締めくくりに白けてしまいました。開発=悪、保護=善という単純な構図で環境を論じる常識に疑問を感じるようになりました 。環境の保護・保全を語る人に何故か都会から田舎に転居した文筆家や芸術家が多いのに気が付きました。同時に多くの環境運動が都会の人間が中心になって運営されているのは何故だろうと考えるようになりました。

その地を生活の基盤にしていない人が環境を論じる?
 田舎に移り住んだ文化人の収入源は基本的に都会に有ります。環境運動に参加する人の多くが都会に住んでいて、郷愁を満足させたり、癒しの場として田舎が変らない姿である事を願うのかもしれません。開発に賛成する人を無知蒙昧な輩と見下し、利権に しがみ付く悪党と分類するだけでは朝日新聞的インテリゲンチャになってしまいます。その土地を商圏として小さな商いを営んでいる人が過疎化を少しでもくい止める為の開発を願ったり、その地で代々農業を営んでいる人が都会並みのサービスを少しでも受けられるようにと願うのを勉強不足と片付けるのは傲慢な考え方だと感じるようになりました。

新しい道路の開通を待っています!
 砂利採集場が奥にあって、ダンプカーが一日中行き来する道が生活道路になっています。通称ダンプ街道と呼ばれていて、数年前には小学生の死亡事故も起こりました。4人の子供達が小学生の頃には大きなクラクションが鳴るたびにヒヤヒヤしていました。今回縄文時代の古墳を潰し、竹薮を切り開いて道路が完成するとダンプカーは殆どそちらを通るようになり、家を出たところの道を通る車はめっきり減る予定です 。周辺に住宅が建って、当方の商売のお客様である小学生が増える可能性もあります。これを喜ぶのはエゴでしょうか?

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