ルンルの会
JBRさん
精神世界の先駆者

1999年4月

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エドガー・ケーシー画像
エドガー・ケーシー
元奥さんから手紙が来た
 1960年代に精神世界のリーダーとして活躍したJBRさんを、 奈良の橿原神宮のアパートに訪ねました。きっかけは、彼の元奥さん から生活の窮状を訴える封書が来た事です。生活費が底を付いた、 JBRは仕送りできる状況ではなく、5人の子供達の養育費に事欠い ている。高校の娘の学費を何カ月も滞納している。もし気持ちが有れば援助して欲しい。この手紙は、JBRさんがサイババさんについて記述した冊子を申し込んだ人や、縁のあった人全てに送付された模様です。あまりにも生々しい内容なので、どうしたものかと躊躇しながら十日程経ちました。するとJBRさん本人から、元氣玉(自家製の健康セラミックス)の売行きはどうですか等とのん気な手紙が送られてきました。サイババさんから祝福を受けながら、元奥さんが救いを求めるような状況を知った上で、少し非難がましい気持ちを底に秘めて返事を書きました。

電話がかかってきた
  二日後電話が掛かり、「お手紙拝読し、あまりにも簡潔明瞭な文章に感心し電話しました、一度遊びに来なさい」と言われます。櫻井市に友人がいるので、一緒に伺います」と返事してから忙しくて二ケ月が経過しました。又分厚い封書が来て、カセットテープや写真やピップエレキバンの 様な物がバラバラと出てきました。四度目の内縁の奥さん(彼より30才年下で美人)の写真まで入っています。このテープを聞く内に、かなりひどい状況で暮らしておられる事が分かりました。自分で歩いて表にも出られない、部屋の中を這いずり回っていると話しながら、送った手紙を事細かに分析されます。途中で、酒を飲ませてもらうと断られて話は続きます。だんだんろれつが回らなくなりおしっこすると言われて、ジョボジョボという効果音もしっかり録音されています。

会う事を決める
 船井先生はついている人とつき合えと言われますが、ついてない人は見捨ててもよいのか等と、へそ曲り人間は妙な反発から一度会ってみようと決心しました。そして、エドガー・ケーシー、ブラウン・ランドーン、超越瞑想等を日本に紹介し、世界スブド同胞会の日本における開拓者が、何故不遇を囲っておられるのかを知りたいと思いました。 しかし活躍当時の彼を知らない私やN氏だけで訪問するのは、何か悪いなと気が付いて大先輩H氏にも同行していただきました。予想通り詫びしいアパートのドアを開けると、JBRさんは柱にすがりながら出迎えてくださいました。 現在72才、欝病とアル中に蝕まれ身体はボロボロ、四度目の妻にも最近逃げられた、私はもう長くはない。以前の3人の妻と他のを会わせると20人近く子供はいるが、誰とも音信不通である。市の民生保護を受け、ヘルパーさんが定期的に訪問してくれる。翻訳の他に自分でも本を書いたが、名古屋の和装学院の経営をしている○○さんが今でもスポンサーになってくれている。隣に住んでいる××さんは、サポート役として奈良まで付いてきてくれた52才の独身男性で、日雇労務者をしながら何かと面倒をみてくれる。彼の声は「先生、手紙あったら俺出かけるから、ポストに投げ込むよ」と録音されているのを聞いています。 屈託がなく純朴な感じで凄く好感を持ちました。

昔話に花が咲く
  部屋は2DKで、居間の隅には万年床が敷かれています。中央の書き物机の上には、おびただしい雑多な物が乗っていて、八木の生協で買ったおにぎり、お寿司、焼鳥、唐揚、ビール、焼酎は隙間を探して並べました。2時頃でしたが「今日始めての食事です」と言って、美味しそうに次々に口に運ばれました。食事も一段落し、ピースを美味しそうにくゆらせると昔の話が始まりました。やはりHさんに付いてきていただいたのは大正解でした。全盛時代を知るHさんと話を交わしているJBRさんはとても楽しそうです。手相を観て下さったり、筆勢を観て意識の分析をしてみたりと、やはり人を楽しませる要素をお持ちです。

お金とは縁のない人生
  電話の時に「私は大きなカルマを背負わされている」「私は努めて、お金から自分の身を遠避けて来た」と話しておられたのを思い出しました。彼の意志の通りに事は進んだ訳です。ここで「ついている」「ついていない」は見方次第だと気が付きました。本や講演で多くの心に影響を与え、様々なタイプの異性と愛を交わし、その結果として20人近い「心と魂の入れ物」を造った男性は現代ではそんなに多くはいないでしょう。現時点でも彼の健康を気遣って、何処に隠しても必ず酒瓶を見つけて取り上げる愉快なヘルパーさんや、実の息子以上に世話を焼いて くれる××さんに囲まれたJBRさんを「ついていない」と見たのは偏見だったのかもしれません。JBRさん自身が自分の人生をどう思っているかは、本人の自由なのですから周りがどうこう言う必要はありませんね。

何が幸せか分からない
  東京の講演会で「意識を開放すると、とてつもない不幸になるかもしれません」と植原先生が話された意味は何でしょう?
 Kさんという26才のお坊さんが、自分の寺で読経の会を開催しています。先日H氏と誘い合せて参加しました。一時間ただただ木魚を叩きながら「南無阿彌陀仏」を唱えるのですが、実に気持ちいー。終った後、Kさんのご母堂が造ったお惣菜を突つつきながら参加者とお喋りしました。20代の女性と、70〜80代のお婆ちゃん達が中心で、中間はパラパラです。そのお婆ちゃん達のパワーが感動的で、帰り道H氏と感想を話しながら彼女達とJBRさんとを比較してしまいました。 結論は、「女は強い」!!

※JBR=十菱 麟さんは平成21年3月8日死去。享年満82歳。
後で調べたら東大出でした・・・ 東京府立一中、武蔵高校、東大英文科卒。昭和27年よりフルブライト奨学生としてアメリカ・オハイオ州立大に留学。スウェーデンボルグの教学による教会に入信しようとして強制送還される

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