つげ義春的世界

1998年8月

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紅い花画像
 車に碾かれた海ねこを横目に見ながら、たどり着いたマリエント は本当におしゃれな建物です。一階のドアーを開けて階段を登った 正面が受付になっています。つげ義春の「沼」に出てくる少女と、 「紅い花」のキクチサヨコが漫画誌「ガロ」から抜け出てきたよう に可愛いコンパニオン嬢が二人、微笑みながら並んで座っています。 (話が通じるのは全共闘世代だけでしょう) 500円を払うと、折り畳むことができない随分嵩張る立体眼鏡を渡されました。 「展示室の中と、うみねこシアターでご使用になれます、お帰りの 際にはこのバスケットにご返却下さい」と爽やかな笑みを浮かべて キクチサヨコが言います。  

 うみねこシアターの上映開始まで二十分ぐらい間が有りますの で、まず展示室に入りました。そこには実に素朴な展示物がひっそ りとディスプレーされていて、客は他にいません。通路のど真中で 館長さんらしい初老の男性がしゃがみこんで、電気配線の修理をす るために床板を外し、穏やかな表情でドライバーを回しておられます。 その満ち足りたような表情を見ると、むやみに話しかけて邪魔を しても悪いなと思ってしまいました。そんなに急いだ訳でもないのですが、十五分で全部観終ってしまいました。シアターの上映迄は、まだ五分ほど時間が有りますが中に入りました。観客席の正面は大きなガラス窓で、外には穏やかな八戸の海が広がっています。

  独り占めの静かな空間で、井筒俊彦著「意識と本質」の頁を めくりました。読むほどもなく時間になり、女性のアナウンスのあと ガラス窓の上部からスクリーンがゴゴーと降りてきました。 シアター内が真っ暗になるほんのすこし前に他のお客さんが入ってきて、後ろの席に座りました。話声がブロークンイングリッ シュなので、若い白人男性二人組らしいと判断しました。八戸を紹介する立体映画も実にシンプルそのもので、小学校の 講堂で全校生徒が教育映画を観せられたという雰囲気で、十分間 で終りました。スクリーンが再びゴゴーゴーと上がり明るくなったの ですが白人男性の姿はなく、どう見ても日本人そのものという若者 が二人立ち上がって先に出ていきました。ハワイ辺りの日系四世 だったのかもしれないし、香港から来た大学生だったかも知れませ ん。人は簡単に勝手なイメージを創ってしまうものだなとおかしくな りました。  

 シアターの出口は受け付けのすぐ横なので、立体眼鏡を返して しまうと、もう見るものも無いしと言う感じで二人の美少女の微笑 みに見送られて外に出てしまいました。冷房の利いた空間から、太 陽がギラギラ照り返すコンクリートの広場に出た瞬間に「あっ!」 と気が付きました。この三十分間という短い時間の中で、私は東北 の想い出として温めていた何かを追体験していたのです。東北と言 う響きに、自分が八才の頃の効率や採算性を追及する以前の日本を 期待していたようです。館内の三人もこの広場に出た途端、なかな か片付かない娘の事で悩む定年前の親父に戻り、二人の美少女は、 こんな所で座っていても彼氏が出来るチャンスはないし、お盆はサ イパンにでも行って、男をナンパしょうか等という普通のねえちゃ んに戻るのでしょう。時間が早かったので、種差海岸にも行ってみ ようかと思いましたが、何となく今の気分が壊れそうで、宿を予約 した本八戸に向かいました。

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