ルンルの会
屈折の宿
2000年5月21日

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五ケ山集落
 ベトナム戦争、機動隊、関西フォーク世代は何か体験するとそのシチュエーションを、マンガ家つげ義春氏の作品世界と対比させてしまうところがあります。連休の混雑を避けて5月2週目の金〜日曜で旅に出ました。当初は白川郷で合掌造り集落を見たあと、奥飛騨の温泉で一泊する予定でした。連休中このホームページを造る為に全ての時間を費やしたので、妻はかなり不満そうです。そこで急遽金曜日から出かけることにしました。出発前日のお昼に「激安の宿」という本で見た、合掌造りの民宿に電話を入れました。本に写真が載っているご主人らしい方が出られて、オーイと大声で誰かと相談されてからOKの返事です。

 予約してから地図を見ると白川郷からはかなり離れたところにある集落でした。急に頼んだのだからしょうがないか、キャンセルするのも気が悪いしと妻の同意を求めました。名神から北陸自動車道をひた走る間、道はガラガラです。一週間前ならこうは行かなかったやろねと妻共々ルンルン気分です。京都を昼の12時過ぎに出て、その民宿に着いたのは5時すぎでした。ほんとにこじんまりした集落で、平家の落人が造ったと駐車場の看板に書いてありました。小学校の運動場ぐらいの空間に家々が点在していて、まるで映画のセットの中に入り込んだような不思議なたたずまいです。その中央部にこれから泊まる民宿は在りました。

 写真から20年ぐらい老けこんだ、気のよさそうなご主人が「妻が出ていて」と気弱そうな笑顔で出迎えてくださいました。ここで休んでくれと通された囲炉裏のある部屋では、孫らしい小学生がプレステで遊んでいました。囲炉裏に火の気はありません、ワイドテレビにへばり付いて遊んでいる男の子は邪魔者が来たと言う感じで不機嫌そうにゲームを続けています。ご主人が部屋から出て20分程も経ちましたが何も起こりません。どの部屋で泊まるのかも分からないので「まさかこの部屋で泊まるのとちゃうやろね」と妻と顔を見合わせました。ようやく表れたご主人が抱えていたのは豆炭の袋でした、ぎこちない手つきで囲炉裏にかなりの量を盛り上げてからその豆炭山を見つめて何かを思案されています。  

 それからポツリと「ストーブを点けます」と部屋の隅から古いファンヒーターを引きずってこられました。操作部分の蓋が外れかけた年代物のスイッチを押してから、孫に自分の部屋に行くようにと声をかけました。怒った孫はブチと乱暴にスイッチを切ってドスドスと出て行き ました。それから5分以上経ちましたが、ファンヒーターには何の変化も起こりません。来る途中の道では桜がまだ咲いていて、京都よりは一ヶ月近く遡った気温です。

 つげ義春が、とんでもない宿に泊まった時のレポートと似てきたぞと心の中で呟きました。ご主人は動かない暖房機をしばらく眺めた後、「壊れとるのう」と言って部屋を出ていきました。又しばらく時間が経過して、今度は真っ赤に火が点いた豆炭が盛られた柄のついた入れ物(名前忘れた)を持って来ました。囲炉裏に火を入れて灰を盛り上げているご主人に、200年も経つ家に住むのはどうですか?
 と声をかけました。 「こんなとこは人の住むとこじゃねえ」と厳しい顔で言った後、堰を切ったようにお喋りが始まりました。「わしは騙されてこの家に来てしまった」・・・・・・       

 元々の出身は此処ではなくて、若い頃に京都で料理の修行をしていた。最初は知り合いに紹介された店にいたが、そのうちになじみの客から「こんな所にいては一流になれない」と○○(京都では有名な料亭)に入れるように世話をしてもらった。そこで何年か修行した後、皇族しか行けない○○(始めて聞いた名前)に入ることが出来て、自分の店を持てるように頑張っていた。そんなときに、家の間口がなん間で土地がなん坪ある旧家が旅館をしているので婿入りしないか、客が次々に来て料理の腕が存分に発揮できると、知り合いに声をかけられてここに来た。

 「ところがこんなとこでは、まともに料理なんかできない」と吐き捨てるように言われます。こちらは返事のしようが無くてハアーとばかり言っている間に、奥さんが帰ってこられました。ネイティブアメリカンのような精悍な顔立ちで、いかにもしっかり者と言った感じです。山から押して帰った一輪車には山ウドやワラビが山になっています。開口一番「今日はあんた方だけだ、先週は予約を30組も断った、近くに温泉が出来たからゆっくり浸かってくるといいよ、その間に晩飯作っとく」と追い出されてしまいました。車で5分くらいのところにある、地域住民用といった感じの温泉のサウナで、「トンネル一本掘れば一億円以上もうかる」などと言う工事関係者同士のお喋りを聞いて、ああ税金はこんな所にばら撒かれているんだ等と妙に納得してしまいました。

 30分ほどで其処を出て民宿に帰り着くと、 「早すぎるよ、普通は一時間ぐらい浸かってるものだ」と奥さんに叱られてしまいました。と言いながらも、待つ事無く囲炉裏にお尻を向けて座るように置かれた机に、雉鍋、鱒の刺身、鮎の塩焼き、野菜の自家製糠付け等が並 べられました。 それが本当に美味しかったのです!!
 食事の後「此処で良いかい」と案内された部屋は囲炉裏部屋の奥で窓もテレビも有りませんでした。おやすみなさいと部屋で着替えてからトイレに行くために囲炉裏部屋を通ると、夫婦で並んでワイドテレビのひしゃげたような画像でドラマを見ていました。まだ早いし少し話をしてから寝ようかなと言う気になって、テレビドラマのきりがついたのを見計らって二人の横に座りました。

 女酋長は野草の話なんかをする間に、「入れた豆炭が多すぎて勿体無い」、「そんなに掻き混ぜたら、ホレ、囲炉裏のふちが真っ白になってしまった」などと、黙々と灰を弄っているご主人を叱り続けていました。
  とまあ失敗談のような書き方をしてきましたが、実はとっても気に入ってしまったのです。二人とも何だかんだと言いながらも仲がよさそうだし、奥さんは生まれてこの方色々な客と接して来たせいか物凄く自然体で乱暴な物言いがちっとも嫌味に聞こえないのです。ある時間までは、孫の泣き声やドタドタ走り回る音がうるさかったのですが、寝る頃には蛙の大合唱が聴こえてきました。「ご主人の京都での修行は、今でもしっかりとお客さんの舌を喜ばせていますよ」と言えばよかったなと思っています。

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