ルンルの会
サイババに
なろうとした男

1999年12月

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サティア・サイババ画像
 インドから帰国した、シンセサイザーミュージシャンのYさんから手紙を戴きました。彼女と夫君はサティアサイババ生誕祭でオープニング演奏をする予定でした。 ところが、とんでもない理由で実現しなかったのです。ある日本人がサイババのアシュラムの前でサイババと同じオレンジの服を着て「私こそサイババである」と言ってサイババの怒りをかい、日本人が全くアシュラムに入れなかった時期があったそうです。暫くしてその男の信者と名乗る人達が「○○は死んだ」とふれまわたので、事態はようやく収束してYさんの演奏が決定したようです。  

 ところがYさん達がインドに着いてから 「11月23日にプッタパルティを占拠する」というチラシを、問題の男がバラ撒いたのです。そのとばっちりで演奏は中止になるし、JAPANと書いたスカーフを首に巻いて歩くと白い眼で見られる状態になっていたと言う事です。
  その後ネパールでアジア宗教者会議があって、ネパール国王やインドの4大聖者の前で演奏できたので、大変だったけど結果的には素晴らしいツアーに成ったと喜びの報告でした。

  少し前に帰国していたその男の名前はTK、83年にライフスペースを設立し、ここ数年はSPGFと言う宗教集団のグルです。5年前に友人から2冊の本をプレゼントされました。 「ビジョンI愛そのものになる」読売新聞社、「生きるのがラクになる本」PHPです、著者はTK。ミイラ事件について自分では答えが見つからず、先輩と師に聞きました。その答えは同じでした。「彼には身近にブレーキ役が居なかったのでしょう」・・・・サイババに生まれ変わったと思っている彼は、死者を蘇生させる力を得たと信じていたようです。  

 幸い植原先生にも、経営コンサルタントのF会長にも凄い奥様がバックに控えていらっしゃるので、決してカルト集団のグルには成り得ないとの事です。
(先生が自分で言ってます!?)
 YさんからFAXで追伸がきたので転記します。
 一つ大切なことを忘れていました。サティアサイババからの伝言でプッタパルティにいるとき皆に伝わったことです「日本人は、心を一つにしなくては、いけない」と言う事が有りました、といって過度の行ないをしている人間と一つになるのには、難しい問題が有ります。 しかし、今日本は、大切な時なので一つの和を大切にして世界のモデル国となるべきときなのかもしれませんね。2万人の人々のおすがりのせいかサティアサイババの背中は、淋しそうでした。5年前アシュラムに行った時もそう感じました。神は、人間が魂の成長をするのを辛抱強く待って下さっているのですね。いろんなことを 学べたツアーでした。
 しかし聖者があれだけそろうとすごいです.ネパール圧巻!!

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