ルンルの会

バーラ・サイババ
と三女

1999年2月

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バーラサイババ
  バーラ・サイババさんから貰った、ピンクダイヤモンドの指輪をはめて、三女がインドから帰ってきました。ルン・ルを受けていると、思考判断が常識から外れてくるようです。高校2年になって間もない三女が、わざわざ自分で選んで入った私立女子高を辞めたいと言った時に「ああそう、そうすれば」と答えました。今度のクラス担任が好きになれない、学校も面白くない。一年生の時は、○○先生がどうしたこうしたと担任の話ばかりして、せっせとクッキーを持って行ったのに。どうしたいのかと聞くと、料理学校に行ってケーキ造りを勉強したい。出来れば将来その様な仕事に就きたいと言います。

 次の朝娘が退学届を渡すと、成績は悪くないし、先日の演劇部の定期公演でも存在感が有ると好評だったので、中学時代に保険室登校生だと知らない担任には晴天の霹靂です。「何やらポカンとしてはったわ」と、ニャリとして言います。そして中卒無職になりました。2日後の電話で、生真面目な感じの担任は、せめて学年末まではと慰留に必死です。私学の先生は自分の評価に係わるので大変だなと思いながらも、子供の人生をどう考えているか、教育をどう考えているかを、1時間30分かかって説明しました。1時間後、今度は聡明で溌剌とした感じの一年生の時の担任から電話です。今度は1時間で、現担任に説明し切れなかった所まで話が進みました。最後に「わかりました、○○さんが目的意識を持ち元気にされているなら、それで良かったと思います、思う通りの人生を歩まれるよう言っていたとお伝え下さい」と爽やかに告げられました。

 すぐに娘は専門学校の紹介本を買って調べました。殆どが高校卒業を条件にしています。それでも姫路と京都市内に各1校、中卒を受け入れる所を見つけました。但し受け入れは4月からで、京都の学校は中卒の場合夜間部のみです。娘は両方の資料を取り寄せ、検討して京都に決めました。次に、資金稼ぎのためにアルバイト探しです。今度は高校中退がマイナス要因になって、面接にもこぎ着けなかったり、たとえ受けても企業は卒業者を選びます。4月まで10ケ月も、もったいないと言いながら、次第にだらだら生活になりかけた頃の事です。

 近所で一番評判の良いケーキ屋さんに、シュークリームを買いに行きました。すると「製造アルバイト急募」の貼紙が有りました。そのまま面接を受けて、「明日から来て欲しいと言われたわ」とニコニコしながら戻ってきました。次の日、昨日買ったシュークリームを自分が造る側になりました。30代半ばのオーナー店長夫妻は、娘を高く評価してくださいました。  安全で、美味しく、美しくと自分の製品哲学を説明しながら、ケーキ造りの実践指導をして下さいます。娘の表情は、日を追う毎に明るくたくましくなりました。4月からは、学校に間に合うように終れば良いから、続けて来なさいと言われました。

 12月に入り、長女が半年ぶりにカナダから帰ってくる日が近付き、家族で海外旅行の話になりました。数年前にある人から「あなたは、前世で何度かインドに生まれている」と言われた三女は「インドに行きたい、サイババさんにも会ってみたい」とポツリと言いました。3日後、ミュージシャンのYSさんがバーラ・サイババ生誕祭ツアーの案内をFAXしてくださいました。 もちろんこちらから、依頼や問い合わせをした訳ではありません。引率者は、今から7〜8年前に精神世界の勉強を始めるきっかけをつくってくれた超能力研究家のAKさんです。彼から教えて貰ったスプーン曲げを、8年前の十五夜に月を見上げて家族全員でチャレンジしました。当時小学4年生生の三女も成功しています。

 8日間のツアーから元気一杯帰ってきて、「父さんが言っていたFAさんに親切にしてもらったよ」と言います。彼は私がサティア・サイババさんに会いに行った時、たいへん世話になった人です。他にも数人の懐かしい知合いの名前が出ました。親子二代にわたって同じ人達にお世話になりました、本当に有難いことです。

 ※2015年現在、三女は車椅子生活です。いくつかの日本料理店で働いたのですが、男社会でまともな扱いをされず、転々とした後にバーの調理の仕事で重宝がられて楽しく働いていたのですが、身体を壊してしまいました。
 家に帰ってからはビール漬けになり、階段から転がり落ちて脳の手術を受けることになりました。医者から手術は成功したが、脳の出血が止まらないので今週末が山で、万一の場合は覚悟してくださいと告げられました。危機的状況に対処する方法については、アドバイスをしてくださる方が周りに複数おられて、医者の予想はことごとく外れ、今は通院することも無く、薬を飲むことも無く、機嫌良く車椅子で家事をしています。
 ※バーラ・サイババツアーで三女を気遣ってくださったFAさんこと、日本惑星宝石学会 会長船川明男さんは、50代で亡くなられました。

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